オーバーステアの姿勢を保ったまま、蒼いS15シルビアがコーナーを次々と駆け抜けて行く。
「すげぇ・・・凄すぎるぞこの車・・・」
この先は長いストレート。
シフトを3速に切り替え、さらに加速。
徐々に「あのコーナー」が迫ってきた。
あと数百メートル。
シフトを・・・4速に。
クラッチを蹴る!
S15は急激に角度を変え、超高速コーナーへと飛び込んで行った。
サイドブレーキで若干の修正を入れつつ、・・・スムーズに攻略。
「やった・・・出来た!」
これで、あの事故の記憶はもう怖くない。
「あとはゆっくり流して帰るかな」
・・・ふと、バックッミラーに目を向けた。
「あれは・・・」
青い180SX。
ピッタリと背後について来ている。
何を思ったか、優輝はシフトをNに。
ヴォン!ヴォン!ヴォン!バンッ!
マフラーから火花が散った。
自分でも調子に乗りすぎだと思った。
耐え切れなくなったのか、180SXは対向車線に移り、優輝のS15と並んで・・・窓を開けた?
「こらぁ!星野優輝〜!人の車を焼く気かァッ!!」
えーっと、あいつは確か・・・
「谷口ぃ?!」
谷口涼子・・・一応、命の恩人だったりする。
路肩に車を停めて降りた。
「いや〜、あんまり煽って来るもんだから」
「ったくも〜、バンパー焦げちゃうでしょーが」
「2度も煽ってくる方が悪い」
「はいはい」
しばし沈黙。
「で。」
優輝が切り出した。
「この車、お前の?」
「え?そうだけど?」
きょとんとして答える谷口。
「初めて聞いた」
「言ってなかった?」
「言ってないから知らないんだろ」
「なるほどね」
「・・・はぁ」
30分くらい話しただろうか。
色々な話をした。
事故のとき、助けたのはたまたま走りに来ていたからだ、とか。
今考えると、事故現場は「グロい」の一言だった、とか。
彼女がドリフトを始めたのは友達の影響だ、とか。
「でさ、あんた今日ヒマ?」
谷口が聞いてきた。
「あぁ、仕事復帰は明日からだし」
「じゃあ、ちょっと付き合いなさい」
「何に?」
「ついて来りゃ分かるわよ」
それぞれの車に乗り込んで走り出した。
峠を下り、順調に国道を流す180SXとS15シルビア。
「どこまで行くつもりだ・・・?」
40分ほど走り、再び山の中を通る道に入った。
この道は優輝も知っている道で・・・そのまま想像通りの場所に到着してしまった。
「ここ、サーキットじゃねぇか・・・」
ゲートで入場料を払い、中にある駐車場に車を停めた。
「何しにわざわざこんな所まで・・・ん?」
コースを走っている1台の車が見えた。
「あれは・・・」
白いボディに、赤いバイナルとブルーメッキのステッカー。
並外れたスピード・角度・白煙で、コーナーに飛び込んで行く・・・
「スカイラインか・・・」
「どう?プロの走りは」
いつのまにか谷口が横に居た。
「プロ?」
「そう、あれがD1に出場してるワークスチームのER34スカイライン」
「D1のワークスマシン・・・」
D1グランプリ、通称D1。
今や世界大会が開催されるほどの、ドリフトの頂点。
ピットを見ると、揃いのつなぎを着たスタッフが大勢いた。
その横には積載車と、タイヤや工具を運ぶ大きなトラック。
どうやらテスト走行を行っているらしい。
「すげぇな・・・これを見せるためにここへ?」
「まぁ、そんなとこよ。ピット行ってみる?」
「良いのか?」
「大丈夫よ」
そう言って、ピットに向かって歩き出した谷口の後を追う。
「こんにちは〜」
「お、涼子ちゃん、来てたのかい」
「今日はオフだけどね」
谷口が白いつなぎ姿の男性と話し始めた。
「・・・知り合い?」
「あぁ、私ここの会社で事務のバイトやってんの」
「は?・・・って、そういう事は早く言えっ」
「いやーてっきり知ってるものかと」
「あのなぁ・・・」
ヴォン・・・ヴォン・・・
話している間に、白いスカイラインがピットに戻ってきた。
他のスタッフがドライバーと話をしたり、タイヤのチェックをしたりしている。
「助手席、乗ってみるかい?」
さっきの男性が話しかけてきた。
「え、良いんですか?」
「あぁ、頼んであげるから待っときな」
そのスタッフはドライバーと話を交わすと、すぐに助手席のドアを開けてくれた。
青色のバケットシートに身を沈め、4点式シートベルトを締める。
「宜しくお願いします」
ドライバーに頭を下げた。
が、
「しっかり捕まっとってくんしゃい!」
キキキキキキィィィィッ!!
急発進・急加速で、あっという間にコースに飛び出してしまった。
まず1コーナー・・・明らかに角度が深すぎる。
スピンする!・・・と思ったが、何事も無かったかのようにコーナーを抜け、また次のコーナーへ。
アクセルの踏みっぷりもハンパではなかった。
常に7000回転以上をキープし、レブリミッターが作動しても容赦なくアクセルを踏みつけている。
ドライバーも凄いが、この走りに耐えている車も凄い。
3週ほど走ってピットへ戻った。
「あ・・・ありがとうございました」
「いやいや、礼には及ばんバイ」
博多弁のドライバーに礼を言い、自分達の車へと戻った。
「どうだった?」
「いや・・・次元が違いすぎて何とも・・・」
「桐谷よりも凄い?」
「そりゃもう、レベルが違うよ」
「じゃあ、次はアレを目標に頑張んなさい」
「お、おう・・・」
「よし、帰ろうっと」
「そうするか」
車に乗り込み、ゲートに向かった。
「ん?何だあれ」
2台の車がサーキットに入ろうとしていた。
「エボ[と・・・34のGT-Rか」
明らかに速そうな2台とすれ違い、サーキットを後にした。
山道を下り、国道をしばらく走った。
「じゃあまた!」
パァァンとホーンを鳴らし、谷口の180SXが交差点から去っていく。
「俺も明日から仕事だし、帰るとするか。」
辺りは暗くなり、空には星がちらほらと見えている。
ライトを点けた。
「・・・ん?」
ドアガラス越しに、車の下で何かが点滅しているのが見えた。
「これって・・・」
アンダーネオン。高輝度の青いLEDが点滅を繰り返している。
そしてここは市街地を貫くメインストリート。明らかに派手過ぎる。場違いというか気違いだ。
「うぉ、これOFFにできねーのかよっ!?」
配線を組み替えてもらおうと願いながら――街行く人の視線を気にしながら――優輝は帰路に着いた。
第6章 完
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