暖かな春の土曜日。


大橋自動車は、県道に面して建つ、ごく普通の整備工場だ。

そこに、店主の知らない車が1台入ってきた。

ドアを開け、降りてきた人物は・・・
「おっちゃん、久し振り」
「おう?優輝か。原付の時以来だな・・・って、何だその車は?」
今、優輝が降りてきたその車は、店主の大橋も知っている車だった。
「これ、俺の車だよ」
その白い車は、車高が低く、マフラーサウンドも良い感じの、
「ワンエイティじゃねぇか・・・どっからパクって来やがった!」
180SX-タイプX後期型。外観こそノーマルだが、中身はそこそチューニングしてありそうだ。
「パクってねぇってば!バイト代貯めて、やっと買ったんだもんね〜」
180SXのエンジンが止まった。ターボタイマーが付いているのだろう。

「どれ、ちょっと見せてみろ」
あいよ、と言って、優輝はボンピンを外し、ボンネットを開けた。
「まー、ほとんどノーマルだけど」
大橋はそれを何となく聞きながら、エンジンルームを観察した。
「まぁ、良い方だろう。 ・・・で、今日は何の用だ?」
大橋の短い感想にがっかりしながら優輝が答える。
「あー、とりあえず廃タイヤが欲しいんだけど」
「タイヤぁ?」
大橋自動車の駐車場の隅には、確かにタイヤが積まれてはいるが・・・
「あんなタイヤ、ドリフトなんかには使い物にならないだろーが」
「良いんだって、とにかく使えそうなの何本か貰って行くぜ?」
「まぁ、好きにしろ」

大橋は、優輝がタイヤを漁りに行っている間に、180SXの足回りをチェックしていた。

「ん〜、ちゃんと整備した方が良さそうだな・・・」
その足回りは、アライメントの取り直しや、ブッシュ類の交換が必要だと見て取れた。

「おっちゃん、この4本貰うぜ」
優輝がタイヤを転がしながら戻ってきた。
「おう、タイヤは良いが、・・・こいつの足回りはちょっと怪しいぞ?」
「怪しいって?」
「アライメントが狂ってるし、ゴムブッシュも傷んでる。今なら暇だから、整備しといてやろうか?」
ここで、優輝の表情が曇った。
「おっちゃん、走り屋の車分かるの?」
・・・優輝には、シーマを乗り継いでいるという印象しか無かったらしい。
「ワシだって若い頃は、ハコスカで峠に通ってたんだぞ?」
「え?そうなんだ?」
「ああ、それに、最近はチューニングカーの客も増えてるしな」
「へぇ〜」
確かに、工場の隅ではRX-7が一台、リフトアップされている。
・・・が、その他はマジェスタ、セルシオ、マークUと、VIP系の車が並んでいる。
「そこのマークUだって、チューニングして350馬力は出てるぞ」
「はぁ!?このイカツいマークUが?」
2人は黒塗りのマークUに近づく。
「おぅ、確かお前のツレのじゃねぇか?」
大橋はマークUのドアを開け、書類を確認した。
「そーそー、岡本君って子だ」
「岡本って、まさか岡本潤一?」
潤一が車好きというのは知っていたが、こんな趣味だとは思わなかった。
「そうそう。多分、今日引き取りに来ると思うぞ」
そう言ってドアを閉めると、ボンネットの開いたセルシオの方へ歩いていく。整備中なのだろう。
「じゃあ、ワンエイティのアライメントとか頼むよ」
優輝もセルシオのエンジンルームを覗きながら、そう言った。
「おう、じゃあこいつのベルト交換が終わってからだ」

そう言って、さっさとセルシオのベルトを交換してしまった。

「よし、じゃあ、そこのウマに乗せるから手伝え」
と言って、ごちゃっと置かれたジャッキやウマを指差した。
「あいよ」
180SXはあっという間にジャッキアップされ、ホイールが外された。

「まぁ、あとはやっとくから、その辺でのんびりしときな」
「へいへい」
特にやる事も無く、店の前に立って道路を眺めていた。

すると、
「ヴァァァアアアン・・・」
遠くから良い感じのエキゾーストサウンドが。
「こっちに来る・・・」

優輝の予想通り、白い90系のマークUが見えてきた。
徐々に近付いてきて・・・目の前でウインカーを出した。
「え?」

そのマークUは、大橋自動車の前の路肩に停車した。
運転席から女、助手席から男が降りて来る。

「お、優輝じゃん?」
男が話しかけてきた。
彼こそ黒いマークUのオーナー、岡本潤一だった。
「え?もしかして星野君?」
女の方からも声が掛かった。
「え・・・誰?」
突然名前を呼ばれて戸惑ってしまった。
「そりゃ分かるわけ無いか。私、仲本里奈よ」
「あぁ!分かった分かった。仲本か」
「ちょっと待て、お前ら知り合いかよっ!?」
岡本が会話に割って入る。
「うん、中学時代の同級生」
仲本が解説してくれた。

「まぁ良いや、社長は?」
岡本が優輝に聞いた。
「あぁ、中に居るよ」

3人で中に入ると、大橋は180SXの下に潜っていた。
「おっちゃん、潤一が来たぞ」
優輝が声を掛けると、大橋は180SXの下から声を上げた。
「おう、マークUは出来てるぞ」
「さすが社長〜、仕事が速いなぁ」
と言うと、岡本は早速マークUのボンネットを開けた。
「パイピングも良い感じじゃん」
「凄いね〜」
「よしっ、今日さっそく走りに行こうかな」
「じゃあ私も行く〜」

岡本と仲本の間でどんどん話が進んでいく。

ふと、優輝の脳裏に疑問が浮かんだ。
「走りにって、何処に行くんだ?」
このあたりには峠やダムが多い。
「すぐ近くの峠だよ。道広いし」
「へ〜。じゃあ俺も行こうかな」
「は?お前、車あんの?」
そう言えば、まだ言ってなかったっけ。
「このワンエイティ」
「マジ!?」
岡本も仲本も、驚いて整備中の180SXを見ていた。



「じゃあ、今日の夜10時にふもとのコンビニで待っとくから」
何か用があるのだろう、2人は時計を見ると、急いで店を出て行った。

「今は3時か。それにしても暇だな〜・・・」

優輝は工場内の椅子に座ってボーっとしていた。

「峠の走り屋かぁ・・・」
どちらかと言えば、サーキットで行われるドリコンに興味があった。
峠はどんな雰囲気なのだろう?
「まぁ、とりあえず行ってみれば分かるかな」

雑誌を眺めたりして時間を潰した。時計は5時を指している。

「出来たぞ〜」
大崎が向こうから叫んできた。

「ブッシュ類はとりあえず程度の良い中古に交換して、アライメントも正しといたぞ」
「ありがと、おっちゃん」
「あーちなみに、キャンバーが前が2度、後ろが1.5度、トーは前後ゼロだ。」
「りょーかい。また何かあったら持ってくるわ」

あいよ、という返事を聞きながら、優輝は180SXに乗り込んだ。
「それじゃ」
パァン、とホーンを鳴らし、バイト先のコンビニへ向けて走り出す。

「やれやれ・・・壊すなよ〜・・・」








車内の時計は21時55分を指している。
「やべー、遅刻遅刻」
待ち合わせのコンビ二まであと少し。

時計の表示は21時59分になった。
「お、見えた見えた」
駐車場に入ると、昼間に見た2台のマークUが並んでいた。
「ん?車に居ないって事は・・・」
コンビニの店内に目をやると、弁当や飲み物を買う2人の姿が見えた。

「しゃーねぇ、待っとくか」

5分くらい経って、2人が出てきた。
「待ったぞ〜」
「悪い悪い、でも夜食は要るだろ?」
「まぁ、そうだけど」

「で、早く行こうよ〜」
仲本はすでに自分のマークUに乗っている。
「よし、じゃあ出発〜」
優輝と岡本も自分達の車に乗り込んだ。
・・・岡本がガラスを下げた。
「俺が先頭、里奈が真ん中、お前が最後。OK?」
「はいはい」


3台のチューニングカーが峠を上っていく。

優輝は、広い駐車場にパイロンを立てて練習する程度のレベルなのだが・・・
「やべー、結構緊張する・・・」
ヴァァァァァン!!
思った途端、前の2台が狂ったように加速した。
「えーっ、マジかよ!?」
ペースを合わせて走らなければ置いて行かれる。
アクセルをじわっと踏み込んだ。
ヴォォォオン!

なんとか着いて行くことはできるようだった。

コーナーが迫ってきた。ライトに照らされて左に緩やかにカーブしているのが見える。

「あいつら、ドリフトできるのか?」

その予感はハズレだった。
2台のマークUは、しっかりブレーキングしてグリップでコーナーを抜けて行く。


さらにいくつかコーナーを抜けた先に、駐車場があった。
暗くてよく分からないが、ここが頂上らしい。

岡本がウインカーを出したのを見て、仲本と優輝も続いてウインカーを出し、駐車場へ入った。


「さて、ここでしばらく待っとくか」
岡本が車を止めて降りてきた。
「待つって、何を?」
優輝が問う。
仲本もそれを聞きたいらしかった。
「あぁ、最近ここらで有名なチームが、この峠によく来るって聞いたから」
先に言え、という突っ込みは控えておいた。
「じゃあ、そのチームの走りを拝もうって?」
「そゆこと」

「走りに来たんじゃないのかよ・・・」
優輝があきれた顔で呟く。こいつが少し天然なのは良く知っている。



どれくらい時間が経ったか分からないが、ひたすら車について話していた。

その間に、他のギャラリーもいくらか集まってきている。

ヴォォォォ・・・・・ギャァァァ・・・・ヴォォン・・・・ヴォォォォ・・・・・

どこかから車の音が聞こえてくる。

「お、来たかな?」
岡本が立ち上がった。
仲本と優輝も立ち上がり、3人で駐車場の入り口に歩いていった。
歩道にはすでに30人ほどのギャラリーが立ったり座ったり。


次の瞬間、優輝は目を疑った。


青白いストロボと、真っ赤なアンダーネオンを輝かせ、華麗なドリフトでコーナーを抜けてくる。
リアにもストロボが付いているのだろう、白煙が点滅する光の中に見えた。
角度と煙、アクセル全開のエキゾーストサウンド。

「す・・・すげぇ」

ストリートでここまでの走りが出来るものなのか。

そのマシンは、ギャラリーが立ち並んでいる街灯の下まで来ると、

ヴァァン!! ヴァァァァアアバババババババン!! ヴァァァァァババババババ・・・・

ストレート上でクラッチを蹴り、レブリミッターを当てながら卍走行を披露。
マフラーから飛び散る音と炎に興奮するギャラリー。

街灯の並ぶストレートを走り抜けると、反対側の入り口から駐車場へと入ってきた。


ガガガ・・・ガ・・・ヴォォォォォォォォ・・・カン・・・カン・・・カン・・・

ハードなチューニングカー独特の金属音を鳴らしながら、駐車場の真ん中あたりに停車した。


「ひゃー、まさかあの人の走りが見れるとは」
「凄かったね〜!」
岡本と仲本がはしゃいでいる横で、優輝は唖然としていた。

真っ赤なS14だった。
煌びやかなステッカーとネオン、威嚇するようなエアロとストロボで彩られたそのマシンは、オーラを放っているかのようにも見えた。
ドアを斜め上に跳ね上げ、降りてきた男もまた・・・。


明らかにイケメンの部類に入るその男の周りには、すでに人だかりができている。
優輝たちもその輪に加わった。

「あのー、今日は1人なんですか?」
岡本が男に尋ねた。
「あぁ、今日は俺1人。他の奴らは今日は来ない」

他の奴ら、というのはチームメイトの事らしかった。



「なぁ、あの人・・・何者?」
優輝が岡本に尋ねる。
「桐谷悠哉。ここらじゃ有名な人で、大きいドリコンでもトロフィー沢山貰ってるらしい」
「へぇ・・・」



しばらくS14を眺めた後、この日はこれで帰る事にした。






帰り際、桐谷と一瞬目が合ったような気がした・・・

第1章  完

第2章へ

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